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恋愛で「求めすぎて壊した」私が学んだエゴの手放し方


「好きすぎて、重い」と言われた夜のこと

忘れもしない、あの金曜日の夜。

既読がついたのに返信がこない。1時間、2時間…。スマホを握る手がじんわり汗ばんで、心臓がドクドクいってるのが自分でわかった。

(なんで返してくれないの? 私、なんかした?)

気づいたら「忙しいの?」「怒ってる?」「ねえ」って、3連続でLINEを送ってた。

返ってきたのは、たった一言。

「ごめん、ちょっと重い」

画面がぼやけた。涙じゃない。頭が真っ白になったんだと思う。


この記事を読んでいるあなたへ

たぶん今、こんな気持ちを抱えてここに来たんじゃないかな。

「好きなだけなのに、なんでうまくいかないんだろう」 「求めすぎてるってわかってる。でも止められない」 「また同じパターンで関係を壊しそうで怖い」

表面的には「恋愛のエゴをなんとかしたい」って悩み。でもその奥にあるのは、もっとヒリヒリした感情だと思う。

――私って、愛される価値があるのかな。

この問いが、胸の奥でずっとチクチクしてない?

私はそうだった。だからこそ、相手にしがみついた。確認せずにはいられなかった。「愛してる」って言葉を何度も何度も求めた。まるで、それがないと自分が消えてしまうみたいに。


そもそも恋愛の「エゴ」って何なの?

エゴって聞くと「自己中」みたいなイメージがあるけど、ちょっと違う。

恋愛におけるエゴの正体は、「自分の不安を、相手に解消してもらおうとする行為」

たとえば——

「好きなら、すぐ返信してくれるでしょ?」 「私のこと一番に考えてくれるなら、飲み会より私を選ぶよね?」

一見、愛情の確認に見えるこれ。でも本音を分解すると、「私を安心させて」「私の不安を消して」っていうSOSなんだよね。

相手のことを想っているようで、実は矢印が全部自分に向いてる。

(…って書きながら、過去の自分にグサグサ刺さってる)


私がやらかした3つのエゴパターン

振り返ると、私のエゴには明確なパターンがあった。同じ沼にハマってる人、きっといると思う。


「こうあってほしい」を押し付けていた時期

当時の彼はTシャツにデニムが好きな、ゆるい雰囲気の人だった。

でも私は「もうちょっとキレイめの服着てほしいな」「髪型変えたら絶対かっこよくなるのに」って、ことあるごとに口を出してた。

本人は笑って「はいはい」って聞いてくれてたけど、ある日ぽつりと言われた。

「俺のこと好きなの? それとも、俺を”改造”したいの?」

背筋がヒヤッとした。

好きだから言ってる——そう信じてた。でも正直に胸に手を当てると、「自分好みの彼氏」を作ろうとしてただけだった。相手の個性じゃなく、自分の理想を愛してたんだ。

友人のMちゃんも同じ経験がある。彼氏にファッションやメイクを細かく指示されて、最初は「愛されてる」と思ってたらしい。でもだんだん鏡を見るのが怖くなったって。

「鏡に映ってるの、私じゃなくて”彼の作品”だった」

その一言が、ずしんときた。


「私だけを見て」が止まらなかった時期

別の恋愛では、独占欲モンスターと化した私。

彼が会社の飲み会に行くだけで、胸がざわざわした。帰りが遅いとソファの上で膝を抱えて、何度もスマホの画面を確認して。

「誰と飲んでるの?」「女の人いた?」「何時に終わる?」

…うん、書いてて自分でも引く(笑)。

彼は最初、丁寧に答えてくれてた。でもある時から返信が一言になり、やがて「また始まった」って、ため息まじりに言われるようになった。

あのため息の音、今でも耳に残ってる。

好きだから束縛してるんじゃない。怖いから縛ってるだけだった。「放したら、もう戻ってこないかもしれない」って恐怖。それを「愛情」って名前でごまかしてたんだよね。


「これが愛でしょ?」と決めつけていた時期

「毎日おやすみLINEくれるのが普通じゃない?」 「記念日を忘れるなんてありえない」 「なんでもっと”好き”って言ってくれないの?」

こんなセリフ、何度彼にぶつけたかわからない。

でもね、彼の愛情表現は言葉じゃなかった。黙って荷物を持ってくれたり、体調が悪い時にそっとポカリを買ってきてくれたり。行動で示すタイプだったの。

なのに私は、「言葉でくれなきゃ意味がない」と突っぱねてた。

(あの時のポカリ、ちゃんと受け取ればよかったな…)

彼なりの精一杯の愛を、「私のフォーマットじゃないから不合格」って切り捨ててた。マジで何様だったんだろう。


エゴを押し付け続けた先に待っていたもの

結果どうなったか。

彼の目から、光が消えていった。

大げさじゃなく、本当にそう見えた。最初はキラキラしてた目が、だんだん曇って、最後は何も映してないみたいな目になってた。

「君のことは好きだよ。でも、君の期待に応え続けるのはもう無理だ」

この言葉を聞いた瞬間、足元がぐらついた。膝の力が抜けるって、比喩じゃなくて本当にあるんだなって。

好きだから頑張ってくれてた。好きなのに、限界が来た。

私のエゴが、相手の「好き」を殺したんだ。


転機になった、ある問いかけ

別れた後、しばらくは「私は悪くない」って思ってた。正直に言うと。

でもある日、信頼してるカウンセラーの先生にこう聞かれた。

「あなたが相手に求めていたもの、それは”愛の確認”ですか? それとも”不安の穴埋め”ですか?」

頭を殴られたような感覚。

…穴埋めだった。完全に。

私は相手を愛していたんじゃなく、自分の不安を埋めてくれる存在として相手を必要としていた。

「私なんかいつか捨てられる」「私には価値がない」——この底なしの不安を、相手の愛情で必死に塞ごうとしてた。でもそんなの、どれだけ注いでもらっても足りるわけがない。だって穴は自分の中にあるんだから。


エゴを手放すって、具体的にどうすればいいの?

ここからが本題。「エゴに気づきました、以上」じゃ何も変わらないよね。

私が実際にやったこと、全部書く。


ステップ1:「なんで?」を自分に向ける

相手に不満を感じた瞬間、矢印を自分に向け直す練習をした。

「なんで返信くれないの!」→「なんで私は、返信がないとこんなに不安になるの?」

この「なんで」の矛先を変えるだけで、見える景色がガラッと変わる。

たいていの答えは「自信がないから」「見捨てられるのが怖いから」に行き着く。そこに気づけたら、もう半分クリアだと思う。


ステップ2:「あなたが悪い」を「私はこう感じてる」に変換する

これ、地味だけど効果が絶大だった。

×「なんで連絡くれないの?(=あなたが悪い)」 ○「連絡がないと寂しく感じちゃうんだ(=私の気持ちの共有)」

同じ内容なのに、受け取る側の印象が全然違う。責められてると感じたら人は防御に入るけど、気持ちを打ち明けられたら寄り添いたくなるもの。


ステップ3:相手の自由を「応援」してみる

これが一番キツかった。正直、最初は演技だった。

彼が友達と出かける時、「楽しんできてね!」って笑顔で送り出す。心の中では(行かないでよ…)って叫んでたけど。

でも不思議なもので、「応援するフリ」を続けてたら、だんだん本心が追いついてきた。

そしてもっと不思議だったのが、相手の変化

束縛をやめたら、彼から自発的に連絡がくるようになった。「今日こんなことあったよ」「これ見て、好きそうじゃない?」って。義務じゃなく、「共有したい」っていう温かいメッセージ。

握りしめてた手を開いたら、相手が自分から手を繋ぎにきてくれた——そんな感覚だった。


手放した先に見えた景色

今の私は、完璧にエゴがなくなったわけじゃない。全然。

たまにヤキモチ焼くし、既読スルーされたらちょっとソワソワする。「もっと構ってよ」って喉まで出かかることもある。

でも、その感情が湧いた時に「あ、これエゴだな」って気づけるようになった。気づけたら、一呼吸おける。一呼吸おけたら、飲み込める。

完璧じゃなくていい。気づけるだけで、十分変われる。


最後に、昔の私と同じ場所にいるあなたへ

「好きすぎて苦しい」のは、あなたが悪いんじゃない。 ただ、その苦しさの原因は相手じゃなくて、自分の中にある。

相手を変えようとするのをやめて、自分の不安と向き合う。それは怖いし、痛い。鏡で自分の弱さを直視するようなものだから。

でもね、その先にある恋愛は、今までとは全く別物になる。

しがみつかなくても、そばにいてくれる人がいる。 確認しなくても、愛されてるって信じられる。 一緒にいても、一人でいても、心が凪いでいる。

——愛してるからこそ、手放す。

矛盾してるように聞こえるかもしれない。でも私は、手放したからこそ本当の意味で愛し合えるようになった。

あなたにも、きっとその景色が見える日がくるよ。

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この記事を書いた人

職業:恋愛コミュニティ運営スタッフ

相手中心の恋愛で自分を見失った過去あり。相談を受ける立場としても、抜け出せない関係はなぜ判断が鈍るのかという暗い話も明るい話も、体験と観察の両面から書いています。

最近は平日は仕事で疲れ果てているので合コンに行く気力もありません。

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